友人たちの記憶

2012.01.08

ようよう到着した高田馬場駅前は、やはり往時と同じように雑踏だった。じゃまにならぬように3人で小径車を押しながら、Rさんに駅前で写真を撮ってもらう。受験のときも、馬場の駅前で助六寿司の弁当を買って試験場で食べたっけ。5年間在籍した大学だったけれど、果たしてそれに見合うだけのものを自分が努力して学んだのかまことに心もとない。今でも記憶に残っているのは、学部の入学式だったか、ガイダンスのときだったか判然としないが、学部長と思われる人が新入生に向かって話した1節で、「君らは、魚屋のおじさんや八百屋のおばさんの味方になるような人生を送ってほしい」という意味の訓示だった。

(参考サイト)
倉敷・総社・井笠周辺のホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/hotel/330000/LRG_330500/

西宮市のホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/hotel/280000/NO_101466/

高岡・氷見・砺波周辺のホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/hotel/180000/LRG_180800/

つまり早稲田というところは、授業料が高かった割に、庶民の子弟が通う学校だったのである。官よりも野に行く人間の溜まり場であったのだ。私など、魚屋のおじさんや八百屋のおばさんの力になれるどころか、いまだに世話になりっぱなしの人生を送っているのだけれど。